糖尿病の治療方針

糖尿病を治療するという場合、健康な人と変わらない状態を維持していくことが目的となります。つまり、糖尿病に起因する様々な合併症や身体への悪影響を回避し、健康な人と同じように生活することができるようにすることが、「治療」するということなのです。

注意深く読んでいた人は分かると思いますが、この方針は病気を「根本的に治療する」こと、つまり「時間を戻すかのように何の異常もない健康な状態に身体を戻す」ことを意図していません。風邪のような根本的な治療は著しく困難か、ほぼ不可能だということなのでしょう。糖尿病とは一生付き合っていかなければならないということです。

父はこのことに衝撃を受けていたようです。彼の中には、無病息災という言葉に代表される、完全に健康な人生だけが価値を持っていたようなのです。しかし、糖尿病の治療方針はそうではなかったわけですから、彼の価値観の中では絶望的な宣告に思えても仕方がありません。

ですが、私はこの治療方針にひどく納得しました。

糖尿病における治療の概念を一言で表すなら「一病息災」という言葉になるでしょう。人間誰しも病気を抱えるのは仕方がありません。そうであるなら、「病気を受け入れつつそれをコントロールして、健康な人と同様に人生を充実したものにしよう」「病気が人生を謳歌する上で足を引っ張ることがないようにしよう」というのが「一病息災」の発想です。

「無病息災」は高齢化社会において酷く困難なスローガンですから、私としてはこちらの方に親近感を覚えます。したがって、糖尿病の治療方針が「一病息災」であることにも納得できたのです。

このことを父に納得させるのは一苦労でしたが、どうにもならない現実を前に、ようやく彼も「一病息災」というスローガンを理解し、その価値を認めてくれました。こうして、我々家族一丸となった、「一病息災」への取り組みが始まったわけです。